前回、東の馬は中山競馬場にいた、みたいな書き方をしましたが、実際は各競馬場にいたみたいです。
こういう歴史みたいなものって調べにくいんで、確かな情報じゃないんですけど、調教師の履歴(JRAのデータファイルより)を見ると、東京の○○厩舎で騎手とか、京都の△△厩舎で助手とか書いてあるんで、そうだったのかーと思いました。
競馬場って、宅地化で周りに住宅が増えたりして、交通は便利になるけどスペース的に拡張は無理だったりします。
新しくトレーニングセンター(通称トレセン)を作って、厩舎を集めたんですね。
今も地方競馬は競馬場と厩舎が隣接してます。
厩舎から歩いてレース場まで行けるんで、馬への負担は少ないみたいです。レースのたびに馬運車に乗るってことになると、人間と同じで酔ったりするかもしんないっすね
中央でも滞在競馬って言って、競馬場の馬房にいながらレースに出ることがあります。夏の札幌や函館、小倉はほとんどそうらしい。
移動の負担が少ない分、連闘(れんとう=2週続けてレースに出ること)なんかもできるようで。普通は月1回とか、3ヶ月に4回とかのペースなんで、連闘の馬は疲労に注意です。疲れがないか見て出走させる調教師ならいいけど、なんでもいいから出す調教師だとダメとか、それでも滞在ならいいとか、いろいろ考えますね。
日本ではギャンブルは違法で、特に許されたもの以外はやっちゃいけないことになってます。
許されてるのが、競馬・競輪・競艇・オートレース・宝くじ・toto…ですかね。
カジノや賭け麻雀も違法だし、野球で賭けるのも違法です。まあ、100円ぐらい賭けて仲間内でやる分には、警察も捜査の範囲外だと思いますけど。
日本の競馬は官製競馬と言われてますが、自然発生的にできたものじゃなく、欧米の競馬を日本に導入したんですね。だから、賭け事としての側面、馬を育成するという側面、役所の利権としての側面とか、外国とは事情が違う部分があるみたいです。
特に許されてやってるという都合上、競馬主催者も公平性・透明性には気を使ってるんですね。
競馬場(→その後はトレーニングセンターへ)に馬を集める内厩制度が、同じ設備を与えるっていう公平性なのか、薬物なんかの不正を監視するためなのか、それとも個人で厩舎や調教のための土地を確保するのが難しかったからなのかはわかりませんが、競馬が始まったときから馬は競馬場にいるのが当たり前だったと思われます。
外国の場合、競馬は貴族の趣味から始まったことなんで、誰かが厩舎全体を監視するっていうのは、後からついてきたことなんだろうと思います。
貴族同士で、どっちの馬が速いか競争させて賭ける、馬を持ってない人同士も賭けて遊ぶ、そんな感じですかね。
ステークスっていう言葉がありますけど、参加者が出した参加料(賭け金?)を勝った馬の所有者が総取りする競走のことらしいです。もちろん、JRAでいうステークスはそうじゃなくて、賞金は全部JRAつまりは我々の馬券の一部から出てるわけですけど。
GCHでアジアの競馬が紹介されてたけど、やっぱ内厩が多かったみたいです。アジアは貴族の競馬とは関係ない感じがするし、日本と同じように競馬を導入したんでしょうね。
そんなふうに、国によって競馬ってものが違うんですね。
馬インフルエンザで騒ぎになったとき、実は外国でも流行してて、ってか、実はアメリカから入ってきたという話があります。
海外に遠征したり、遠征してきたり、馬の輸出入でも感染が広まったりするんですね。
小島茂之調教師のブログで読みましたが、「アイルランドは外厩で国のあちこちに厩舎が点在している」のだそうです。
外厩だと、急速に広まって大流行にはなりにくい代わりに、厩舎の中で地味にウィルスが潜伏してることもあるのかもしれない。日本のようにワクチンの接種が義務化されてないのかもしれないし。
馬の調子は調教師が見て、調子が悪ければ出走させないみたいですけど、もし人気馬が調子が悪いのに出走させて負けたら馬券を買った人は損しますよね。
良くも悪くも、主催者の管理が行き届いてるのが日本の競馬ってわけです。
そうしてずっと内厩でやってきたが、馬を生産して育成も調教も出来る人(組織)が出てきて、トレセン外でやってもいいんじゃないの?って風潮になりました。
そこでコスモバルクをトレセンに入れず、あえて外厩で挑戦したのが岡田氏です。
って書いた後確認したら、コスモバルクはずっと道営(ホッカイドウ競馬)所属になってた
これから書くのは自分の記憶なんで間違ってるかもしれません。
最初はどこかの育成場?で調教してたって聞いたんですよね。でも、それだと出走に問題があるんで、結局道営所属にしたとか。
バルクは、中央で通用する馬なんで、そういう馬は普通は中央のどっかの厩舎に入れるんですよ。そのほうが賞金が高いし。
最初は門別とか旭川とか、地方で走ってましたけど、その後はほとんど中央で走ってます。そういう馬が地方から中央に転厩する中、バルクは出走のたびに北海道から馬運車で来てるんですよね。国内なんで、たぶん陸送だと思います。
毎回毎回運ばれてくるのは大変なんで、馬によってはコンディションを落とすと思うけど、シンガポールにも行ったりして、ここまで走り続けてるんだからタフな馬なんだよね。
(レース間隔が短いときは、競馬場や最寄りのトレセンに滞在のこともあると思います)
バルクはふだんは札幌競馬場にいると思うんですが(中央で札幌を使うのは夏場だけなんで、道営でダートコースを使って開催する期間もあるらしい)競馬場で調教されることもありつつ、ビッグレッドファーム(岡田氏の牧場)に行くこともあるようです。
最初は外厩に挑戦すると言ってた岡田氏も、バルクが中央のG1をとれなかったんでトーンダウンしたのかもしれません。確か2004年頃に外厩って話でかなり盛り上がってた気がするんですよね。最近、外厩の話を聞かなくなりました。
当たり前にやっていいんだけど、効率悪いからやんない、みたいなとこに落ち着いたんだと思います。
そう考えると、岡田繁幸って人は挑戦する人なんですよねーー
岡田氏がラフィアンというクラブをやってて(今は息子に譲って?代表を降りてますけど)、ビッグレッドファームという生産牧場兼?育成場もあって…って感じなんですが、それより先にそういうことをやってたのが吉田氏の一族です。
吉田氏の一族は社台・サンデー系と呼ばれることもあります。
もとは北海道の一生産牧場だったんだと思うんですが、強い馬を作るために海外からサンデーサイレンスを導入したのは有名な話です。これが大成功しましたが、これ1頭だけじゃなく何頭も導入してるし、牝馬も導入してるんですよ。ディープインパクトのお母さんのウインドインハーヘアも輸入した馬です。
日本の競馬が強くなったのはサンデーサイレンスのお陰って話もあるぐらいで、もしかしてグレード1国になれたのも吉田一族の功績かもしんないすよね。そう考えたらJRAも一目置く存在と言えるかもしれません。
種馬場に種牡馬が繋養されてるんだけど、サンデー以前はどこも小規模だったみたいなんです。静内とか日高とかいう地方にも種牡馬がいて、近くで種付できたみたいなんですね。
サンデーの成功によって、ネコも杓子もサンデーって感じになったんで、みんな社台まで行くようになったんだけど、それが結構遠くて大変
そのへんの詳しい話は、牧場の人のブログとかに書いてあるかと思います。
社台の種牡馬は社台スタリオンステーションってとこにいるんですよね。繋養馬はサンデー産駒のアグネスタキオン、スペシャルウィーク、ゼンノロブロイ、ダイワメジャー、ディープインパクト、フジキセキなど(五十音順)。種牡馬として実績がある馬もない馬も含めて30頭ぐらい、どれも有名な馬ばかりです。
岡田氏の目指してるのはサンデー越えなんだろうなー
ヴリルって馬がいるんですが、サンデー後継種牡馬として期待して南半球産の馬をわざわざ導入したって聞きました。そのためにマイネルとかコスモって冠号をつけなかったのかなー
いや、まだ現役なんですけどね
このようにして挑戦してきた岡田氏ですが、息子に代替わりした今、自分はセゾンに力を貸したりして、新たな勢力作りを始めてるのかな?と思います。
吉田一族でもサンデーサイレンスを導入したのは先代で、その息子がノーザンファームや社台ファーム(それにサンデーレーシングや社台レースホースという馬主クラブ)をやってるので、岡田氏が社台・サンデー系に並べなくても、そんなに引けを取ってるわけじゃないんですよね。
なんかまとまりのない話になってしまいました。最後に広告です。
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