2008年05月31日

2004年ダービー

2004年は自分が競馬を始めて間もない頃です。
今は、どのレースでどの馬が勝ったかとか、すぐ忘れちゃうんですけど、その頃はまだよく覚えてましたねー
前回触れた水上氏、昔のレースの勝ち馬とかすぐ出てくるんだよな。
本人は年のせいで忘れっぽくなったとか書いてましたけど、もともとの記憶力と(東大卒だしexclamation)若かったってのもあるんでしょうねぇー

ダービー前日の中京メインは金鯱賞(きんこしょう)で、天皇賞のステップレースなんだってね。当時はそんなの知んなかったけど、自分の三連複初的中はこのレースでした。
休み明けでもG1馬タップダンスシチーの実力は抜けてるし、菊花賞馬のザッツザプレンティも外せない。そこに初心者の怖い物知らずでブルーイレヴンを選択。
1点買いで40.8倍はおいしいっしょわーい(嬉しい顔)
当時はワールドカップが終わって数年。今よりサッカーで盛り上がってた頃なんで、単に名前買いなんすねたらーっ(汗)

って自慢はここまでで、競馬って知れば知るほど難しい。
昔は平気で買えた調教師や騎手が、分かってきたら買えなくなったりして。
永遠の初心者のまんまのほうが、当たるかもしんないっすよもうやだ〜(悲しい顔)
でも、長年競馬やってるんだったら、佐藤浩市ばりの、とは言わないまでも、多少のうんちくも語れたほうがカッコいいと思うんだよね。


2004年のダービーと言えば、勝ち馬はキングカメハメハ。
なんで2004年の話かって言えば、1番人気(今現在)のディープスカイも、キングカメハメハと同じく毎日杯→NHKマイルカップっていうローテーションで、1着1着で来てるからなんすよね。

前に3歳馬の3冠の話とか、変則3冠とか書きましたけど、キンカメ(←略)の場合は菊花賞ステップレースの神戸新聞杯に出てるんで、距離不安でNHKマイルを選んだわけじゃないみたいです。
結局、神戸新聞杯の後で故障が判明して早いうちに種牡馬入りしちゃいましたが、故障がなかったらどれほど強かったのか…競馬ファンなら全員「見たかった」って言うに違いない。
ダービーでも、みんな疲れて、ヨレて真っ直ぐ走れなかったところ、1頭だけ脚が違いましたしね。

そのキンカメが皐月賞に出なかったのは何でか?
強かった現役時代、唯一勝てなかった京成杯は中山競馬場の開催でした。
中山はゴール前に急な上り坂があって、これを苦手とする馬がいるみたいなんすよ。
キンカメが中山で走ったのも、他の馬に負けたのも、後にも先にもこの京成杯のみなんで(断定はできないんだけど)中山が苦手だったのかもね。
っつーのは先輩の推理のパクリですあせあせ(飛び散る汗)
皐月賞は中山で行われるんで、それを避けて変則3冠を狙いに行ったのかもしんないすね。

有馬記念で勝ったマツリダゴッホは逆に中山が得意みたいで、こういう馬を中山巧者なんていいます。中山が得意か不得意か、どっちでもないか。そんな要素も競馬にはあるんすねーー

ディープスカイは元々ダービーに登録がなかったそうで、200万っていう追加登録料を払って出走することにしたという記事を読みました。
2004年を思い出して狙う人もいるかもしんないけど、この馬は距離適性があるんだかないんだか。競馬予想TV!で血統屋さんの見解を聞きたいっすね。
ダービーは競走馬が一生に一度しか出られないレース。しかも1万頭近い同じ年齢の馬のうち、たった18頭しか出られません。
権利があるなら出走させたいのが馬主の気持ちなんですよ。
勝てなくても、損しても、出させたいでしょうね〜出れば可能性がゼロじゃないわけですしね。
馬券を買う立場としては、追加登録料を払ったとかいう話に左右されないで予想しないと。やられますふらふら

キンカメの初年度産駒が2歳になってレースに出始める今年、こういう馬が出てくるってのも、なんかありそうな感じもするんですけどね…
そういうのが毎年悩ましい


キンカメと同じ年にダービーに出てたのが、前回書いたザグレブ産駒のコスモバルクとコスモサンビームです。
バルクは今も元気に現役。
サンビームはダービーで骨折(左第一指節種子骨々折)して1年以上の休養。復帰後に4走して重賞勝ちもありますが、5走目に急性心不全で死んじゃいました。

サンビームのことは、可哀想な馬だったと言う人が多い気がする。
2004年は岡田総帥率いるマイネル・コスモ軍団がダービーを狙いにきた年と言われてて、権利がある馬は全部出したみたいなんすよね。
サンビームの、ダービー前後のレースを見てみると、1200〜1800。
長いところで皐月賞の2000mが一度あるだけ。スワンステークス(G2)で勝ってるのを見ても、マイル(1600m)以下のレースに適性があったのは明らかです。
そういう馬を2400mのダービーに出して、馬が真面目なだけに一所懸命走りすぎて骨折…実はよくある話なんですよね。

マイネル・マイネは岡田氏(現在は子息)が運営するクラブ・ラフィアンの冠号だし、コスモは岡田氏の夫人の所有馬(当時)の冠号です。
2004年のダービーには、内枠からマイネルマクロス、マイネルブルック、マイネルデュプレ、コスモバルク、コスモサンビームの大量5頭が出てました。
当時『外厩への挑戦』で注目されたコスモバルクにダービーを勝たせたかったんでしょうね。
ブルックはレース中に骨折して予後不良になっちゃいましたが、この馬も短い距離に適性があったと思われる。
マクロスはダービー後、両前脚に屈腱炎を発症。治療しましたけど、結局復帰することなく引退になりました。
サンビームと合わせて3頭が故障したわけで、勝ちにいったのが一転、散々なダービーになっちゃったわけでした。

この頃まで、マイネルの促成の育成法が話題になってたみたいなんですよ。
若いうちからビシビシ鍛えて、早く勝ち上がらせるってね。
2歳馬は脚元がしっかりしないとか、化骨が遅いとかで、厳しくやれないケースがあるのは先に書きました。それを、丈夫な馬を探して早めにやって、賞金を加算しとくのがビッグレッドファーム流だったわけっすね。2歳(年が変わったら3歳)の重賞なんて、出走馬が少なかったりして、勝てる可能性が高いですしね。
そんなんで、マイネルの馬は2歳まで(それ以降は馬券買えない)、なんで言われ方もしてたようなんですよ。
早く育った馬で、クラシックも取りたい。それが岡田氏の夢だったんでしょうねー

今は、早く育成するのは当たり前になってきて、2歳でもマイネルだけが走る時代じゃなくなりました。
やっぱ早くやりゃいいってもんじゃないんだ、ってわかった年なのかもしれません。

ちなみに、マイネル軍団以外でも故障した馬がたくさん出た年でした。
マイネルマクロスの大逃げ(おおにげ)が、キンカメのレコード勝ちに貢献したって書き込みも読みました。
岡田氏は、出走レースの決定のみならず、休養中の馬の調教まで(自分とこの育成場で)やっちゃう人らしいんで、レースでの騎乗にもうるさかったらしいんすよ。そんなんで、マクロスの逃げが騎手の判断とは考えにくいんで「バルクに勝たせるためのペース作りが、逆に失敗だった」って噂もありましたね。
騎手も、一流のアスリートなんで、競馬に行ったら自分の判断で前で競馬したり控えたりします。それを「何が何でも前で」とか、「必ず差す競馬」とか指図されると一流騎手とは合わないことになるんですね。
マイネル軍団の馬に武豊などがあまり乗らないのは、そういう理由からみたいっすよ。また機会があったら書きたいと思います。


水上氏の日記によれば、今日は競馬予想TV!への出演は無い模様。
ディープスカイの取捨。どうすりゃいいのよもうやだ〜(悲しい顔)



↓今回で掲載終わりにします。本屋で見つからない方!よろしくです。
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posted by 初心太郎 at 19:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 中央競馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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